EXHIBITION

◆開催概要

■展覧会名HOMAGE ─オマージュ・植田正治に捧ぐ─
〈福山雅治・菊池武夫・堀内誠一〉
■会期2005年7月16日(土)─10月16日(日)
■開館時間
■休館日
午前9時から午後6時(入館は閉館30分前まで)
会期中無休
■会場植田正治写真美術館
鳥取県西伯郡伯耆町須村353-3 〒689-4107
Phone.0859-39-8000 Fax.0859-68-3600
■入場料特別企画展 一般・大学生 1,000円(900円)
高校生 600円(500円)
小学・中学生 300円(200円)
( )内は20名以上の団体料金です
■主催伯耆町/(財)植田正治写真美術財団
■企画・制作株式会社アミューズ
■後援株式会社エフエム山陰/株式会社山陰放送/株式会社新日本海新聞社
■協賛王子製紙株式会社/株式会社写真弘社/富士フイルムイメージング株式会社/株式会社ワールド
■協力株式会社ビギ/株式会社マガジンハウス

◆開催主旨

植田正治写真美術館の開館10周年を記念する今回の展覧会は、「─オマージュ・植田正治に捧ぐ─、福山雅治・菊池武夫・堀内誠一」と題し、植田正治と福山雅治氏、菊池武夫氏、堀内誠一氏(故人)との親交を軸に構成されます。植田の作品と人柄に魅かれた三氏と繰り広げられたさまざまなセッションを振り返りながら、植田の作品が新たな出会いを通してどのような展開を見せたのかを振り返ります。福山氏とはCDジャケットの撮影がきっかけとなり、菊池氏とはファッションの撮影で、堀内氏とは雑誌等の企画を通して交流は始まりました。
それぞれの仕事は、それまでの植田の写真とはやや異なるものばかりでしたが、実験精神旺盛な植田はさまざまな刺激やインスピレーションを得て、独創的な世界を展開したのです。さらに、各氏とのつながりのなかで、植田のホームグラウンドともいえる鳥取砂丘や砂丘に似た環境での撮影が行われています。

1950年前後に撮影された砂丘での演出写真は植田の代表作ばかりですが、長い年月を経て1980年代以降再び生みだされたこれらの作品の数々には、以前の作品には見られない植田独特の美意識が感じられます。各分野の一流のクリエーター、アーティストである三氏が美術館開館10周年を迎えるにあたり、植田に捧げる最上のオマージュを通して、「植田正治の写真」の魅力を再認識していただけることでしょう。


◆お問い合わせ

展覧会に関するお問い合わせは、植田正治写真美術館 学芸担当までお願いいたします。

■植田正治写真美術館
鳥取県西伯郡伯耆町須村353-3 〒689-4107
Phone.0859-39-8000 Fax.0859-68-3600

◆Profile

植田正治 Shoji Ueda

1913年鳥取県生まれ。
'32年上京し、オリエンタル写真学校に入学。
卒業後、故郷に帰り19歳で営業写真館を開業。
この頃より、写真雑誌や展覧会に次々と入選。
以後精力的に作品を発表し、
「少女四態」などの群像演出写真をはじめ、
砂丘などを舞台に被写体をオブジェのように配置した作品の
数々が国内外で高い評価を得る。
'54年第2回二科賞受賞。75年第25回日本写真協会賞年度賞。
'78年文化庁創設10周年記念功労者表彰。
'89年第39回日本写真協会賞功労賞。
'95年鳥取岸本町に植田正治写真美術館開館。
'96年フランスより芸術文化勲章を受章。
2000年7月4日死去。


HEAVENより1999年
HEAVENより1999年
福山雅治 Masaharu Fukuyama

1969年2月6日、長崎生まれ。
1990年「追憶の雨の中」で、シンガーソングライターとしてデビュー。
以後、音楽活動の他、俳優、ラジオパーソナリティなど、幅広い分野で活躍。
2000年には「桜坂」が200万枚、2003年は「虹/ひまわり/それがすべてさ」が100万枚を超えるヒットを記録。
2000年のシドニーオリンピックには、テレビ朝日のオフィシャルカメラマンとして参加。
昨年9月には、初の個展を表参道スパイラルガーデンで開催するなど、写真家としても活躍する。
今年デビュー15周年を迎え、3月から全国10ヶ所24公演のアリーナツアーを行う。

堀内誠一 Seiichi Horiuchi

1932年東京都生まれ。
14歳で伊勢丹の宣伝部に入り、早くも才能を発揮。
26歳の時、絵本『くろうまブランキー』を刊行し、以降数多くの絵本や挿絵を描く。
絵本作家のほか、グラフィック・デザイナー、
エディトアル・デザイナーなどとしても有名で、
1970年より3年間、雑誌『アンアン』のアートディレクターを務めたほか、
マガジンハウスの『ポパイ』『クロワッサン』『ブルータス』といった
雑誌のタイトルロゴやアートディレクションも手がけている。
1987年8月17日死去。


菊池武夫 Takeo Kikuchi

1939年東京都生まれ。
'64年からオーダーメイド服の製作をスタート。
パリをはじめ海外遊学のうち、'71年友人と(株)BIGIを設立。
'75年には(株)MEN’S BIGIを設立し、日本人として初めてメンズでパリに進出し、コレクションも発表。
'83年「MEN'S BIGI TAKEO KIKUCHI AUTUMN &WINTER COLLECTION '83-'84」カタログの撮影を植田正治に依頼する。
'84年(株)ワールドへ移籍「TAKEO KIKUCHI」を発表。
その後多岐にわたる活動を経て、2003年10月、クリエイティブディレクターを後任に渡し、現在は次なる活動の為、準備中


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