2026年11月

伯耆国名の由来と八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話

 今月は、「伯耆の国」の由来について、『日本刀の誕生と伯耆安綱に関する考察』八尾正己 著(郁朋社)から引用して紹介します。


 1843年に成立した『諸国名義考』によると、伯耆国の国号について、以下のように伝えています。

 「或る書にかかる風土記には、手摩乳(てなづち)、足摩乳(あしなづち)が娘、稲田姫、八岐大蛇の呑まむとする故に、山中に逃げ入りき。時に母遅く来ければ、姫、『母来ませ、母来ませ』と言いき。故、『母来の国』と号する。後に『白亀』、さらに改めて『波波伎』、そして『伯耆の国』と為す。云々」
 すなわち、稲田姫が八岐大蛇に吞まれようとする危機に、母の到来を呼んだことから「母来国」と称し、それが転じて「伯耆国」となったとしています。
 また、「伯」と「耆」の二文字で表記するようになったのは、713年に出された「国名好字令」により、諸国の国・郡・郷名を、縁起の良い漢字二文字で表記するよう定めた命令によるものとされています。
 「伯耆の国」の語義は、「母来の国」ではなく、異説もあるようですが、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話と結びついていると思われます。この異説については、後日の機会に紹介します。伯耆の国の伯耆町民として、もう少し詳しく知っておきたいと思います。

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